Vamp!U 〜序章〜

 

 

――ザァーーー・・・・・・――

 

起き抜けの朝の肌にあたるシャワーの飛沫が心地いい。

トレードマークのショートカットの赤い髪も丹念に洗い流すと、昨夜までの仕事のストレスを少しでも解放できる気分になる。

男女機会均等、なんて言葉は今更当たり前のように溢れているけれど、自分のいる職場はまだまだ男性優位だ。

雫の流れ落ちる肌を見れば、乙女の柔肌…のはずが、ため息が出るほどいたるところに痣や傷跡が残っている。犯人を追いかけ、追い詰め、逮捕に至るまで、ほとんど体力勝負の仕事だ。生傷が絶えないのも仕方がない。

不満を言えば「そんな過酷な部署から転属すればいいのに」と友人たちは言うだろうけれど、でも自分はこの仕事に憧れ、誇りを持っている。

だから、泣き言は絶対に言わない!

 

「ふぅ・・・」

<キュッ>という音をたてて蛇口を閉め、備え付けておいたバスローブをまとい、髪を厚手のタオルで拭きながら、ダイニングへ向かう。

トーストとサラダ、コーヒーの並ぶありふれた朝食のテーブルの風景。そこでは朝の情報番組を見ながら、妹のメイリンがのんびりと口にレタスを押し込んでいた。

 

<さて、朝6時からお送りしております『モーニング☆チャンネル』。次のコーナーは、最新の芸能情報をお届けする『エンタメ!』のコーナー! 今日の『エンタメ!』は現在の音楽シーンのTOPを走る、大人気バンド『インフィニット・ジャスティス』の当番組独占密着取材です!>

 

そのコールの瞬間、メイリンの動きが変わった。レタスを強引に呑み込み、目を見開いてテレビにがぶり寄る。

「お姉ちゃん!見てみて、『IF』だよ!独占の密着取材だって!!」

「聞こえているからわかるわよ。どうせ『密着』って言ったって、ステージの様子と移動の時の様子流すくらいに決まっているんだから。いいからアンタ、早く食べちゃいなさいよ。」

髪を乾かしながら、まるで興味ない、と言わんばかりに冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、グラスになみなみとミルクを注ぐと、ルナマリアは腰に手を当ててミルクを飲む―――ふりをしつつ、早鐘のように鳴っている興奮をメイリンに悟られないようにしながら、離れた場所からそっとチラチラとテレビ画面に視線を送る。

 

<この年末、早々にアプリリウス・ドームでカウントダウンライブを決定した『IF』。彼らのステージの魅力は何と言ってもこの人の歌声―――>

 

画面には、大きなステージの上で、そのステージより大きな存在感と、圧倒的なボーカルを聴かせる一人の少女が映し出されている。

 

 

IF』のボーカル―――『カガリ・ユラ』

 

 

ライトに揺れ輝く見事な金髪とそれに負けない輝きを放つ美しい金の瞳。エナメル皮のショートパンツから覗く細い脚。痣だらけの自分とは違う、まるで新雪のような白く艶めかしい肌。

そのハスキーなボーカルで、ステージを一気に自分の世界に引き込む魅力もさることながら、屈託のない明るさと優しさで男性のみならず、女性からも圧倒的支持を受けている。

そして…一見無邪気ともいえるその彼女が、ステージ上で見せる一瞬の「女」の色気。本人は全く気付いていないようだが、ステージを見た者たちは皆、その魅力に取りつかれる。

そしてテレビ画面が切り替わると、そこにはもう一人の『IF』が映し出される。と、途端にメイリンがテレビの前に移動し正座する。

画面の真ん前にメイリンが座ってしまったため、ルナマリアは必死で背伸びをしたり、横の隙間から画面をうかがった。

その姿を目にした瞬間、心臓が高鳴った。

 

 

IF』のベーシストであり、音楽コンポーザーであるその人―――『アレックス・ディノ』

 

 

その端正な顔立ちと憂いを帯びたような翡翠の瞳。物静かなたたずまいと同じ人物かと思えるほど激しく大胆な音楽を奏でる。そのギャップが相まって女性ファンからの圧倒的な支持を得ている。

ルナマリアも最初にCDを購入したとき、その音楽にすっかり心酔し、誰にも内緒でグッズを買い込んだ。CDを聴くたび、ツアーパンフを開くたび、それだけで心臓の高鳴りが止まらない。

テレビ画面はライブの様子から、予想通り移動のシーンが映し出されていた。元気に挨拶して回るカガリ、その後ろからサングラスをしたアレックスが静かに軽く会釈している。只のそれだけで、思わず顔が赤らむ。

そういえばいつもアレックスは面前ではサングラスをかけていて、その表情をあまり見せない。そのミステリアスさも魅力なのだが、そのサングラスの奥の翡翠はいったい何を見つめているのだろう…

 

(やっぱり、カガリなのかな)

 

そう思うと背筋が凍るような感覚に襲われる。あの翡翠が優しくカガリだけを映しているのかと思うと切ない。でもだからと言ってカガリを「女の敵」のように思えないのがかえって苦しい。

 

(いっそのこと、嫉妬できればどんなに楽だろう…)

 

画面では再度ライブ中の『IF』が映し出され、カガリがステージを所狭しと走っている。

あの輝きが眩しくって、羨ましい。同じ立ち位置に並べればいっそ嫉妬もできるのだろうが、最初からその差は歴然としている。

 

<今日の『エンタメ!』のコーナーは以上、『IF』の特集でした。では、続きまして、お待ちかね、『今週の星占い☆』!>

 

テレビは次のコーナーに切り替わった。やはり『独占』といってもほかの番組と大して変わらない、ライブと移動の風景だけだった。

飲み干したグラスを、ややたたきつけるようにしてテーブルに置くと、ルナマリアは着替えに自室に戻った。

いつものスーツに着替え、置いてあったスマートフォンを手に取る。

待ち受け画面を眺めれば、そこには先ほどまでテレビに映っていた『彼』がそこにいた。

濃紺の髪を激しく揺らし、飛び散る汗をライトに光らせ、恍惚の表情でルナマリアの心をつかんだまま離さない、『アレックス・ディノ』。

先日までは公式ファンクラブで配布していた、人気のない公園で物憂げにたたずんでいたアレックスの写真だったが、今週はやっぱりこのライブのアレックスでいこう…

そう決めて、スマートフォンを胸に抱き、「はぁ…」と熱い溜息をつく。

バッグの中にスマートフォンを押し込み、部屋を出たところでまたメイリンの声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん、今週の運勢で最悪なのは『しし座』、「とっても大変な災難に巻き込まれそう!?でもそれを乗り越えれば想い人と巡り合えるかも!?」だってさ。お姉ちゃん、しし座なんだから気を付けてよ。あ、ラッキーアイテムは『赤いハイヒール』だって!」

 
『想い人』…といって思い浮かぶのは、先ほどまで胸を熱くしてくれた『彼』―――ではなく、同僚の赤い強気な瞳が印象的な、一応『彼氏』の『シン・アスカ』。でも最近「忙しい」の一言で、デートはおろか、ゆっくり顔を合わせて話す暇すらない。
それで本当に「付き合っている」と言えるのだろうか。会えない不満が高まるから、ついアレックスに夢中になってしまうのよ!
そう思ったら、なんか急に虚しくって腹が立ってきた。

(全く…占いなんて、さもそれっぽいことを言って気を持たせるだけで、当たったためしないし。しかも『ラッキーアイテム』が『赤いハイヒール』って、なにそれ?世の『しし座』の男性はどうすりゃいいのよ!男も『赤いハイヒール』履けばお姫様がやってくるとでも?)

 

「メイリン、あたし先に行くからね。あんたもいつまでもテレビ見てると遅刻するわよ。」

「え!?あ、もうこんな時間!?うそ、何で言ってくれなかったのよ、お姉ちゃん!」

「何いってるのよ、あんたが見ていたテレビ番組の右上に、でっかく時刻表示されてるでしょ!」

そう言いながらさっさとルナマリアは玄関で黒いパンプスを履くと、家の奥で慌てふためいている様子のメイリンに軽くため息を落として「行ってきます。」とそのドアを閉めた。

 

 

・・・to be Continued.